少女は、身を飾るということをほとんどしない。
 短くした淡茶の髪をうなじのあたりで縛り、いつも凛と背筋を伸ばして歩いている。これでも少し前は小袖に袴の、飾り気のないどころか男装に近いものをしていたのだから、十五を過ぎてほんの少しは年頃の娘らしゅうなったのかもしれない。しれないが、その薄色の唇にささやかな紅を一筋挿してやればどんなに愛らしくなるだろうと、少女を愛する男は残念な気がしてならない。さりとて、紅を探して少女に買い与え、己好みに仕立上げるような甘い甲斐性は男にはなく、そのような男であるから、少女が隣でほがらかに息をしてくれるのだとも、男は知っていた。
 少女と男は、ともによく歩く。都よりも少し遅めに咲いた里桜が散り去り、今は若葉が緑陰をつくる道を、ぬる水を張った田を眺めながら歩く。馬を連れて歩くこともあった。連れないこともあった。頑固者同士で一歩も引かず、道の真ん中で日が沈むまで言い争うこともあり、そうかと思えば、田んぼの畦道で腹を抱えてひとめを憚らず笑い声を響かせていたりもする。言葉を交わさぬこともあった。少女はたいてい快活で、けれどときどきしかめ面をして溢れ出すものをぐっとこらえるような顔をして歩く。そんな少女の横顔を、男はいたわるわけでも慰めるわけでもなく黙って見つめ、少女がやがて己の意思で顔を上げるのを待った。たとえば、冬。身を切るような寒さの中。あるいは、夏。灼熱の日照りの下。妙齢の男と女がそうするように指を絡めることもあった。けれど、大半は離れて歩いた。手を繋ぐよりも、少女はただ、並んで歩くことを望んだ。男はそんな少女を愛していた。
 少女は年老いた愛馬を休ませて、一面に広がる青い水田を眺めている。足元のあたりにぽつんと生えたはるじょおんに気付いて、かがむ。葉の裏にひそむ青虫を見つけて、こちらを手招く。かわいいなあ。いとおしげに目元が細まり、少女の、日に焼けた、けれど思ったよりも小さな指先がみずみずしい葉を数枚引き寄せて、青虫のからだを包み、しっかりと根の張った草の上に戻した。男は人知れずおだやかに微笑む。羽織を広げると、おなじように少女を隠して、唇に口付けた。だれもしらない。彼の宝。初夏。

しもやんで、なえいづ