蛍は腐れた草から生まれるのだと教えられた少年は、草むらのあたりに身を沈めて淡い光が生まれてくるのをずっと待っている。少年の小さな身体は背の高い草に埋もれてしまって、鬱蒼と茂った葉の合間から濃茶の頭がちらりとのぞくだけである。畳んだ傘を片手に少女が草むらに分け入ると、草の根がしなって、大きな音が鳴った。気付いたらしい少年が、しー、と口に指をあてる。ほたる、みつかった? つられて声をひそめつつ尋ねれば、少年が首を振る気配がした。 つい半刻前まで長い雨が降っていた。増水した川のあたりの草むらはぬかるみ、ひょろ長い葦にはいくつもの水滴が宿っている。草いきれ。湿気を多く含んだ空気は肌にまとわりつくようで、心地よいとは言いがたい。少女は、少年を呼んだ。暗がりであまり見通しはよくなかったけれど、葦の影から差し込む月光を頼りに少年の腕をつかむ。彼は、水浴びをしたあとみたいに濡れそぼっていた。日が暮れる前から蛍を探していたので、きっとこの時期のぬるい雨に打たれてしまったのだろう。手が熱い。額をくっつけると、額も熱い。湿って額に張り付いている前髪をのけて手のひらをあて、もうかえろうよ、と言う。彼は膝を抱えてふるりとかぶりを振った。彼が、彼のあいする幼馴染に見せたいがために蛍を探していることを少女は知っていたけれど、こんなに濡れそぼって、身体も熱くなってしまっているのを放っておくわけにはゆかない。かえろうよ、ともう一度言う。だけど、彼は、うん、といわない。こういうときの少年はひどくかたくなだ。しかたなく、少女は少年の熱っぽい手のひらを握って、一緒に草むらに座り、蛍が生まれるのを待った。 ざわざわと雨のにおいのする風が頬を撫ぜる。雨は、またやってくるのだろうか。厚い雲に覆われた空に目を上げると、ぽつんと額に雨粒が射した。畳んでいた傘を広げて、少年と自分の間に立てかける。雨脚はあっという間に強くなり、傘を滑った雫がいくつも膝に落ちる。少女は傘を彼のほうへ傾けた。触れ合わせた肩から伝わる、微かなお互いの息遣い。そういうとき、少年は抱えた膝に目を落としながら、ぽつん、ぽつんと、彼が小さな胸の奥のほうへ押し込めた不安を口にする。少年のあいする幼馴染はからだが弱く、何度も生死のふちを彷徨ってきた。少年はそれをぜんぶ見てきた。彼はときどき、不安を口にする。少女とふたりきりで、静寂のあわいを噛み締めるそのときにだけ。押し潰した少年の声に耳を傾けながら、少年よりもずっとこころの冷たい少女は、無言で彼の手を握っている。熱い、熱い、てのひら。こころの冷たい少女が乞い焦がれるほどに、少年はあたたかい。ときに憐れに思うくらいに、あたたかい。だいじょうぶだよ。やがて呟き、額と額をあわせて、熱っぽい額にそぅと唇で触れる。わたしがほたるをあげられたらいいのに。願った。あたたかいあなたの、笑う顔がみたい。梅雨。 |
ふそう、ほたるとなる