男の持ち物である円座に丸まるようにして、少女はすやすやと寝息を立てている。
 蔀戸を開け放っているといえど、盛夏の都はじっとりと暑い。風の子である少女にしても、夏の暑さには融通がきかないらしく、まるい頬をほんのり赤らめ、ときどき寝苦しそうに眉根を寄せて寝返りを打ったりしていた。屋敷でいちばん風通しがよく、涼しいのは北に面した廂であったが、男がいついかなるときに訪れても、少女はやっぱり男が訪れたときに使う円座を陣取って眠っている。そうでないときは、外で街の子らを率いて、戦ごっこをしている。少女は、風と陽のにおいがよく似合った。
 男が気まぐれに拾い上げて乳母に預けた少女ももう数えで十の歳になる。近頃の少女は少々気難しい。以前は、男がやってくると獣の子のように飛びついてきて甘えたがったのに、最近は、でんか、と舌ったらずな口調で、精一杯よそよそしく男を呼んでみたりなどする。男はそれが少しさみしい。男が愛する姫などは、おなごとはそうやっておんなになるものですよ、としたり顔をして、筝を爪弾く。あいにく生まれてこの方男でしかなかった男にそういった細やかな機微はわからなかったが、姫との間に子を作れぬ男にとって、少女はただひとりの愛娘のようなものなのである。今までも、これからもずっと。乳母にまるきり世話を任せてときどき顔を出すだけの自分を、父などと呼んでもらおうとは思わない。だが少女には、いつだって嘘偽りのない、まことの声を聞かせて欲しい。『殿下』ではない、ひとりの男の願いである。
 思いにふける男をよそに、ううん、と唸って、少女が寝返りを打った。頬についた円座のあとがいたく愛らしく、こういうところはまだわらべのようだな、と思って、男は少女のほの赤い頬に手の甲をあてる。赤子の頃そうすると、むずがる少女がおとなしくなったのを思い出したのだった。すぅ、と寝息がひそまる。ああ、やはり、と思って、男はおかしくなり、ひとり笑った。ふと、濡れたものを感じた。笑みをおさめて、手のひらの下へ目を落とすと、すぅっと一筋の涙が少女の頬を伝っている。目を瞬かせ、少女の名を呼ぶ。だけど、深く寝入っている少女から声は返ってこない。男はしばらく機微のわからぬ男の顔をして少女を見つめていたが、やがて眉根を寄せて苦く微笑うと、少女の眦にほんのり残った涙を拭い、平らかなおなかに羽織をかけた。塩っぽい痕の残る頬に口付ける。この暑さゆえ、すぐに消ゆる、まるで、何かがふっと湧き上がって消えたみたいな、一筋きりの涙であった。盛夏。  

 

おんぷう、いたる