もうずっと、気だるい疼痛が足裏を苛んでいる。
 上がりそうになる息を整えて、足元へと目を落とせば、歩き潰した草鞋と、皮が擦れて血まみれになった己の小さな足がある。雪はまだ降ってはいなかったが、吹きつける風は目を開いていられないくらいに冷たい。足も手もすっかり凍えてしまって、少女はほうと吐息を組み合わせた両手に吹きかける。そうしていると、前を歩く男とずいぶん距離があいてしまったことに気付き、また小さな足を動かした。
 男が、家族を失った少女を拾い上げたのはもう半年ほど前のことになる。夏も、秋も、冬に入り始めた今も変わることなく、喪に服するがごとき黒衣に身を包んだ男。白皙の、美しく若い男。男のいやに落ち着いた、大人らしいというよりは完成され、洗練しつくされ、老成してしまった物腰ゆえに忘れそうになるが、彼はまだ二十の歳にも届かぬ若い男であるはずだった。長く放浪の旅をしてきたのだという男は、歩くのが早い。ついてこれぬのであれば少女など捨て置いていくとばかりに、振り返ることなく、声をかけることもなく、先を歩いていく。裕福な商家で、少しばかりの使用人に世話をされて育った少女にとっては、かように長い時間、長い道を歩くことだってはじめてであるのに、男にそういった配慮は当然のごとくなかった。旅をはじめてひと月と待たず、少女の、しらうおのようだった小さな丸い足は歩き潰れてまめだらけになり、汚く、醜くなった。すべらかな手のひらは荒れ、けづくろうことを忘れた髪はぼさぼさに伸びて、ただ邪魔だというだけの理由でうなじのあたりで簡素に縛られた。冬の旅は過酷だ。ときに寝具すらない厩のような宿で、戸板の間から吹き込むすきま風にさらされながら身を丸めて眠らなくてはならない。男は、少女の兄や、少女の父がそうしたように、少女をかいなに招き入れて、温めてはくれなかった。遠い男の背中を物欲しげに眺め、少女は表情をなくした顔で、身体を小さく丸めて眠った。少女の、ずっと甘やかされてきたやわい身体は隙間風に一晩吹きさらされただけで、高熱を患った。けれど少女は泣くでもなく、不調を訴えるわけでもなく、黙々と草履を履いて、先に仕度を済ませた男を追う。泣けば、男は少女を厭うであろう。歩けないと知れれば、男は少女を捨てるであろう。そうしたら、わたしは。わたしには、生きていく場所がない。だから、少女は喘ぎそうになる息を押し殺して歩き続ける。歩き続ける、つもりだった。足を潰しても、手を潰しても、歩き続けるつもりであったのに。やわい少女の身体のほうが先に壊れてしまった。
 目を開くと、ぼんやりした視界に煤けた天井が広がっていた。濡れて張り付いた睫毛をゆうるり震わせ、己の上にかけられた黒衣を引き寄せる。相変わらず天井も壁も煤けて古びた安宿だったが、隙間風はないようであった。おきたのか、と気配に聡い男が背を預けた壁から身を起こして、尋ねる。はい。おきました。少女は表情ひとつ変えずにこたえる。男の大きな手のひらが少女の額に触れる。熱をはかるその仕草が男に似つかずやけに人間らしくて、なんだか妙なかんじがした。ひかぬな。男が淡白に呟く。それから男は黒衣の端からはみ出した少女の、小さな足を持ち上げた。何故いわない。少女の、腫れて潰れた足を見つめて、責める風でもなく、かといって特別労わる風でもなく、男が問う。本当に不思議がるような口ぶりだった。少女は伏せていた眸を上げる。こわかったの。おいていかれたらどうしようってこわくてたまらなかったの。苦しいくらいに、思ったが、少女の塞がった喉は少しも震えず、少女は精緻な人形のような顔で男を見つめるだけだった。少女は、感情の吐き出し方がわからない。兄と父とに愛されていた頃はたやすくできたそれが、今の少女にはひどく難しいことになってしまった。男はしばし、人形がごときつまらぬ己を見ていたが、やがて美しい顔に淡い苦笑を刻んで、何故そんな顔をする、と呟いた。あかぎれた頬へ、白い手の甲があてがわれる。押し付けて、何かを拭くようにされる。そうして離れた男の骨ばった手の甲は、微かに濡れていた。――そう、泣くな。声をひそめて囁き、濡れた眦を男のひんやりした氷みたいな唇が触れて、吸う。耳朶に触れたかすれ気味のその声が、どうしてか人間くさく、困った風で、やさしい父を重ねてしまった。あいを、錯覚する。囚われて、戻れなくなる。愚かな、幼い、少女。初冬。

へいそくして、ふゆとなる