序、花吹雪



 花散らす風が都を吹き荒れる。
 彼方、遠雷の音を聞きながら、少女は無表情に天井を眺めていた。
 蔀の隙間から入り込んだ風に、手元の明かりがゆらりと揺らめく。御簾にはふたつの影が折り重なるようにして映っていた。
 褥の上で四肢を投げ出し、紅い襦袢をはだけさせながら、けれど少女はそのような己の姿に恥じ入る様子もなく、どこか茫洋とした眸で天井を見つめている。男の口付けを受け、愛撫を受ける。炎に照り映える透き通るような肌にまた男の口付けが落ちる。それでも少女は甘い喘ぎ声ひとつ漏らすことなく、格子造りの天井を見つめていた。

 さやさやと御簾が夜風に揺れる。老竹を朱色の紐で編み上げた簾にひとつ絡められた鈴が澄んだ音を鳴らした。
 りん。りん。都の片隅でほろろと啼く夜啼き鳥の声と鈴の音が響きあう。りん。りん。少女は緋色の眸を細めた。

「まるで人形のような眸だな」

 男がそんな言葉をぽつりと口にしたのは、コトが終わったあとのまどろみの中でだった。
 禍々しい焼き痕の残る腕が差し伸ばされ、汗で額に張り付いた前髪を梳く。ひんやりとした手のひらに頬を撫ぜられ、少女は眸を細める。その表情は見た目に比べてあまりにいとけない。実際、少女は男の言葉の半分も理解できていなかった。ましてそこに混ぜられた皮肉のたぐいなどを読み取れるわけがなく。言葉も知らない、声の出し方もろくに知らない、表情すらほとんど変えない。どこか儚げな風貌とあいまって、少女は言葉の通り、精緻なつくりの人形のようであった。

「――鵺(ぬえ)」

 男の深い声が耳元に落ち、肩に刻まれた焼印に唇が寄せられる。
 さらりと身体にかかった男の銀髪は炎に照らされ、淡く光をまとっているかのよう。少女は天井から視線を落とし、男の髪の色を眺めた。月みたい、と少女は思う。きれい。月みたい。
 更けゆく夜、有明の月がぼんやり曙の空に漂う時分まで、少女は男を眺めていた。

 ひらり、ひらり、薄紅の花が鏡のごとき床に落ちる。
 ある春の、花さらう嵐の夜のことであった。